映画「落下の解剖学」の感想

映画

アマゾンプライムで「落下の解剖学」を観ました。

日本では2024年に上映された作品。映画館に行きたかった作品なので、こんなに早くストリーミングで観れるとは感激です。

ものすごく面白い作品でした。

夫婦関係が解剖されていく

山荘で夫が転落死します。他殺の疑いがあるということで、山荘にいた妻が疑われることに。

裁判の中で、検察側は妻の殺人であることを立証しようとします。妻と旧友の弁護士は、必死に抗弁する。それは夫の自殺であると。

検察側が証拠とした夫婦喧嘩の録音は、夫婦間の微妙な関係を白日のもとにさらします。

息子の事故によって夫婦は精神的な危機があったこと。息子を視覚障害にしてしまった罪悪感から、夫は教育・家事を抱え込んで、やりたくない教師の仕事も生活のために続けたこと。妻の不貞があったこと。夫は小説家の夢があって焦っていたこと。小説家として成功している妻は夫の態度に愛想をつかしていること・・・

特に、夫に被害妄想の部分があったことと、妻は夫のことを心の奥底で見下していることなど、どこまでも微妙な夫婦関係がわかってきます。

人間関係の描写が非常に奥深くて、大人の鑑賞に耐える内容。さすがフランス映画です。

ミステリー要素はスパイス

夫の転落死が事故なのか、自殺なのか、他殺なのか。

そのミステリーは最後まで明確には示されません。目撃者がいないんだから、当事者しかわかるわけないのです。

この映画をミステリー映画だと思って、結論が出ないことを理由にネットで低評価をしている人たちがけっこういます。

この映画の面白いところは、白日のもとにさらされていく複雑な夫婦関係であり、そこに各個人が自分の人生と照らし合わせて様々な気づきが得られるところです。

「なぜ死んだ?」というミステリーエンターテイメントを狙った映画ではないので、死因が確定しないことを理由に低評価をするのは筋違いです。

他殺だと解釈できる理由

この作品は、アカデミー脚本賞をとり、カンヌの最高賞も獲得しているわけですが、とにかく脚本がすごいです。

夫の死因が事故だと思えばそのような伏線が多数あり、自殺だと思えばそう納得できるだけの理由があり、他殺だと思えばいくらでも理由を見つけられます。

映画を観た人がどういう死因を想像したにせよ、すべて納得できるようになっています。神がかった脚本ですね。俳優(犬も含めて)の演技も素晴らしく、まさに傑作映画です。

それはそうと、私は他殺だと解釈したほうが自然だと思います。理由をいくつか述べます。

  • 夫は自殺してもおかしくない状況にあった。他殺を主張する検察の弁論や証拠ですら、すべて夫の自殺だという印象を強めてしまう。映画全編を通して、夫は自殺だろうと仕向けてくる。ミステリー映画の作法として、観客をミスリードするのが常であり、こういった展開だと死因は自殺ではない。
  • 息子はあくまで母をかばっていることが映画の中で明確に示されているので、当日は激しい口論があったと推測され、半年前に自殺を示唆する夫の発言も息子の嘘だとわかる。
  • 夫の死体が発見されたシーンで、死体と妻子を上からの映したカメラワークがあり、物置屋根に血痕がない。つまり、頭部の致命傷は、物置屋根にぶつかってできたものではない。(ただし、距離があるので微妙にピンク色かなという感じがしないでもないため、このシーンだけでは他殺だと確定しないが、他殺だと暗示しているようにみえる)
  • 3階屋根裏からの飛び降りは、自殺方法としては高さが不十分で、足や腰から落ちれば下半身不随になったとしても助かってしまう。意図的な自殺だと考え難い。
  • 妻はカッとなると暴力をふるうことが示されている。同時に、口論の録音の中で、妻は「(セックスレスが続くのは)耐えられない」といった発言をしている。性的に欲求不満を持っていて、夫婦関係を続けることが不可能であることが示されている。当日、取材にきた女学生に性的な欲求をもっていたことから、それを邪魔した夫にたいして激しい憎悪を持った。その当日に殺人に至った動機が明白。
  • 妻は実体験をもとに小説を書いていて、夫の殺害を想像する内容の小説があった。これ自体は何の証拠にもならないが、少なくとも夫の殺害をシミュレーションしていた可能性があり、計画性を暗示している。だからこそ、短時間で頭部打撃の物証を隠滅したり、事故や自殺を偽装することが可能。
  • 評決後、無罪を勝ち取ったときに、心を許せる弁護士にたいして妻は「信じられない」という感想をもらした。冤罪で無罪になったとしたら「信じられない」という発言はないはず。むしろ犯人なのに無罪を勝ち取れたから「信じられない」と安堵した。妻がこの発言をしたときに、カメラワークでは弁護士の顔をやや長めに映し出していて、その発言をきいて弁護士が真相を悟ったことが暗示されている。
  • 評決後、家に帰った妻が子供と再開したとき、お互いが「会うのは怖かった」と言った。そして、子供は母の頭をなでた。このシーンは、共犯関係を暗示している。母は夫を殺害をしていて、子供は法廷で嘘を言うことでそれを隠したという共犯関係。
  • 夫婦の飼い犬スヌープの態度について。スヌープは、夫の死体から距離をとって伏せをしている。これは狩猟犬において、獲物が仕留められたときの獲物にたいする態度。もし死体がスヌープの飼い主だとしたら、臭いをかいだりして近寄るはず。映画の最後のシーンで、スヌープは妻のベッドにくるので、妻を主人だと思っている。要するに、スヌープの主人である妻にとって、夫は獲物だということ(=妻が夫を殺したこと)をスヌープは察知している。

などなど。細かく観ていけば、いくらでも他殺であるという理由を見つけ出せます。

もちろん、映画の中で死因は明示されていないので、あくまで判断は鑑賞者に委ねられています。自殺や事故だと思った人は、それが納得できるだけの理由が映画の中に用意されています。

吹き替えではなく字幕がおすすめ

私はこの作品を吹き替えで観ました。歳を取ると、字幕を追うのが面倒になり、洋画を吹き替え音声でみることが多いです。

しかし、吹き替えでは声優の演技力に左右されます。この作品のように、傑出した演技力によって成り立つ映画は、元の俳優の話し方に触れたほうがいいです。

アマゾンのレビューにもありましたが、吹き替えの声は、あまりにしゃべり口が明瞭なのです。息を漏らしたり、たどたどしい言葉運びが伝わってきません。

※(注):声優さんたちの演技に問題はありません。達者な吹き替えをしています。あくまで吹き替えには限界があるという話。

あと、声質の話なのですが、主人公である妻の吹き替えを担当した声優さんは、声質が誠実なのです。声優さんのもっている声の雰囲気が誠実なので、妻は無実だという方向へミスリードされがちです。

演技が重要となる法廷ものの映画については、字幕で観たほうがいいと痛感しましたが、吹き替えで見ても傑作映画でした。

コメント